2021-03-21

喜楽さんインタビュー

【 日本料理  喜楽 】
昭和2年創業の日本料理店。
旬の食材を使った心のこもった和食で、県外のファンも多い。
今回のインタビューは女将の栗原眞紀さんとシェフの上岡峻介さんにご協力いただいた。

 

ー お店の成り立ちをお聞かせいただけますか

女将:昭和2年からなので、今年で創業95年になりますね。はじめは5年ほどこの近所で営業していて、それから今の場所に店舗が移りました。それからはずっとここでお店をしています。

上岡:最初はこういった料理屋さんではなく、定食屋のような感じだったんですよね。

女将:母屋はそうですね。離れは昔、旦那衆の遊び場で、和洋折衷のお料理を出していました。昭和初期の写真を見ると、ハンバーグなんて載っているんですよ。

ー 昭和初期だとハンバーグもとても珍しかったでしょうね

女将:初代の頃は、その時代としては相当ハイカラなことをしていたかなと思います。二代目も初代の形態を引き継いでいましたね、ラーメンやチャーハンを出したりしていて。それが、私たちが帰ってくると半年で改装することになったんです(笑)

 

ー 半年とは早いですね(笑)それはもう帰ってくる前から改装の構想があってという・・・・・・

女将:いや、なかったんですけど、あまりにも酷くて(笑)やっぱり50年60年経つとお店も古くなっていますから。やっぱりそのくらいボロになっていたんですよね。駅前食堂化していたというか、そんな感じでしたね。

 

ー そこから今のような日本料理を提供する形になるまでにはどんな流れがあったんですか

女将:母屋を改装した時点でラーメンやチャーハンというのは無くして「和食」をメインにしました。それでも、コース料理を出せるまでに10年、日本料理という看板を掲げられるまでには20年くらい掛かりましたね。

 

ー 現在のようなお店になるまで、たくさんの試行錯誤があったんですね

女将:本当にそうでしたね。

上岡:段階を踏んでここまできたんですよね。

女将:建物の改装もありましたし・・・・・・借金人生でしたね(笑)昭和初期の寄居は蚕の集散地でもあったので、初代や二代目の時代は景気が良かったらしいのですが(笑)なのでやっぱり地域が活性化していると、自然とお店も良くなるんですよね。

ー 喜楽さんの長い歴史を感じます

女将:昔はカツなんかも出していて、私くらいの年配の方は「子供のころ喜楽のカツ食べて、世の中にこんなに美味しいものがあるんだって思ったんだよ」なんて話をしてくれるんですよ。でも今はもうスーパーでカツも買えますし、時代ですよね。

上岡:少し前にお弁当でカツ丼を復活させたんですが、みんなが大好きな味ですよね。

女将:隣のお姉さんなんて涙を流して食べたって。昔を思い出して、懐かしくて。

 

ー 町民の方に思い出の味として残っているというのは嬉しいことですよね

女将:本当にそうですね。

 

ー 上岡さんは料理にいつ頃から興味を持たれていたんですか?

上岡:私は生まれも育ちも東京なんですが、小さい頃からよく父に釣りに連れていかれてました。海釣りにも行ったりしたのですが、そこで釣った魚を自分で捌いて調理したくなって。そこから料理が好きになりましたね。

 

ー そこから料理人への道がスタートしたんですね

高校卒業後に調理の専門学校に1年間通って調理師免許を取得し、その後、銀座のお店に就職しました。その時にお店の同僚として一緒に働いていたのが、女将さんの息子である栗原史郎さんだったんです。そこでは4年間働いたのですが、辞める時に史郎さんに声を掛けていただいて喜楽に来ることになりました。

 

ー 魚が好きということが料理人になるきっかけとのことでしたが、埼玉には海がありませんよね?そこに抵抗はありませんでしたか?

女将:フフッ(笑)

上岡:史郎さんが寄居町出身だという話は聞いていましたが、埼玉の奥地にあるということで、そんな海のない地域に引っ越すなんてまずあり得ないと思っていました(笑)でもご縁もあって来ることになって。最初は深谷市に住んでいたのですが、お客様で寄居町の金尾で織物をされている方がいらっしゃって、そこに生徒として勉強しにいくうちに金尾の環境が好きになって金尾に引っ越しました。自然を求めていたんだと思うんですよね。東京育ちではありますが、都会の感覚よりも地方の感覚の方が好きだったのかなと。

女将:でも人間って、絶対に自然を求めるものだと思っているんです。このたった100年くらいはそういう暮らしをしていないかもしれないけど、元々ずっと自然と共に生きてきたのだから、細胞の中に組み込まれていますよ。ただ抑えられているだけという気がします。

ー 上岡さんにとっては思わぬ道だったかもしれませんが、貴重な人材ですよね

女将:本当に。小さな頃からお料理に目覚めてずっと経験を積んでいますからね。この若さでこれだけできる人はそうはいないと思います。本当に特殊な能力を持ってますし、スポーツもしていたから人格的にも頭が下がることが沢山あるんです。

上岡:いや、そんなことは・・・・・・

女将:本当に良い人に巡り会ったと思います。

 

ー 運命的な巡り合わせですね

女将:これは神様がちゃんと仕組んでくれたと思っています。上岡君もこの頃は寄居を本当に気に入ってくれて、知り合いもいっぱい増えてきて。良い環境で過ごしてもらえればいいなと思っているんですけど。

 

ー 女将さんが思う「寄居の良さ」とはなんでしょうか

女将:やっぱり里山ですかね。大きな自然ではないけれど、人と自然が融合しているところ。なので、その環境を活かす活動や取り組みが増えてほしいですね。それこそ30年以上前から言っているんですが、東京の教育委員会と協力して、東京の子供たちが寄居町で畑仕事を体験できるような施設を作ってほしいんです。これだけ都内にも近いですから、日帰りもできるし、町には休耕田もたくさんありますしね。自然と離れた都会の子供達に、そういう場を与えたらどうかなと。難しいのは分かりますが、そういうポテンシャルを持った土地だと思っているんです。

 

ー 上岡さんはこちらに来られて、寄居にどんな印象を感じましたか

上岡:はじめて寄居に来た時が2月くらいだったんですけど、天気が良くて、駅を降りると手前に街があって、その奥には秩父の雪のかかった山が見えて、川があって。すごく良いところだな、と感じました。駅からここまで歩いてきたらお店があまりやっていなかったのでちょっと寂しいなとは思ったんですけど(笑)でもやっぱり周りに自然があるのは良い印象でしたね。

女将:これまであまり変わらなかったからこそ、これからは良い形に変わっていってほしいですね。

ー 喜楽さんではオーガニックな取り組みとしてどんなことをされていますか

上岡:具体的には地元の農家である井伊さんから野菜を仕入れて、それをメニューに組み込んでお出ししています。

 

ー オーガニックなものを使うというよりは、地元のものを使おうという意識の方が大きいですか

上岡:そちらの方が大きいですね。地元で安心で美味しい野菜づくりをしていますという紹介も含めて。結果的にオーガニックになっていますけど。

 

ー 地元野菜を取り入れようというのは、昔からの考え方なんですか

女将:想いはずっとありました。私は個人的に、20年以上前から地元のオーガニックなお野菜をいただいていたんです。やっぱり美味しいんですよね。でも店で利用しようとすると、例えば小松菜をたくさん欲しい時期があったとしても、そういった注文にはなかなか対応ができないんです。セット野菜として配送などはしていても、料理店のために余分に野菜を作ることはしていないので。でも本当に美味しいので、移行したいという想いはずっとありました。それがここのところ、上岡君や農家さんの若い人同士でのお付き合いが増えて、そうなれてきたというのはすごく良いなと思っています。

 

ー オーガニックを取り入れるには、安定した供給が不可欠ですか

上岡:そうですね。月の献立があるので、いくらオーガニックにしたくても、例えば途中で材料が無くなるとか、霜が当たって収穫できないとなると大変です。なのでどうしても、大々的に「オーガニックの野菜を毎日出しています」とは言えない状況になってしまう。そこは課題ですね。

女将:例えば母屋だけのお店だったら、今日採れた野菜でお料理を考えていくというのはできると思うんです。でも離れまでとか、宴会までというところまで統一していくというのはかなり難しいですね。

 

ー 生産する側も考えないといけないことかもしれませんね

女将:そうですね、でもよく話し合ってくれていると思いますよ。

 

ー 直接農家さんともお話しされたりするんですか

上岡:はい。実際畑に行ってます。今だとゴボウを育てていらっしゃるんですが、自分で掘りに行ったりして。

 

ー 自ら掘りに行かれるなんて凄いですね

上岡:ゴボウは1メートル以上穴を掘って抜くんですけど、たった1本抜くのに僕は30分以上かかったんですよね。それでもう手もマメだらけになってしまって(笑)ゴボウ一本でも農家さんがどれだけ大変な思いをしているのかというのを、難しいですが、お客様に調理を介してうまく伝えていきたいです。

女将:「上岡君のゴボウ掘り日記」とか、そういう小さい体験記とかを書いていくのも良いかもしれませんね。

ー 野菜が店頭に並ぶまでの背景を知っているかどうかで感じ方も変わってくるでしょうね

女将:大切に扱えるようになると思いますね、材料も。それは魚でも何でも同じで、漁師さんも大変な思いをして漁をしてくれるわけですから。

 

ー 確かに30分かけて掘ったゴボウを調理する時、緊張しそうですよね(笑)

上岡:だから注文する時も少し戸惑っちゃうんですよ。5本欲しいけど、5本だと1時間くらい掛かっちゃうかな、とか(笑)

女将:あの苦労を覚えてるからね(笑)

 

ー お子様にも知ってもらえるといいですよね

上岡:それが食文化の豊かさにもつながると思うんです。何でもスーパーやコンビニで揃ってしまう時代ですが、一から作っているものがあるという。それを子ども達に実感して食べてもらうということはこれから先必要なことだと思います。

女将:魚も一緒です。少し前に「東京の子供は切り身の魚が海で泳いでいると思っている」と言われていましたが、現実そういう子もいっぱいいると思うですよね。それがどれだけ人間として貧しいことかということを親は感じないといけないと思います。当たり前のとこを知らないわけだから、可哀想ですよね。

 

ー 料理人はとても重要な役目ですね

女将:生産者さんが美味しく作ってくれた材料を、いかに美味しく表現できるか。板前さんの腕にかかっていますからね。

上岡:そこが難しいところで、野菜のことを一番知っているのは農家さんなんです。でもその農家さんとのコミュニケーションがしっかり取れていないと、その野菜本来の美味しい食べ方などを知ることができません。そんな状態で調理すると、素材の良さを全部殺してしまう可能性があります。なので農家さんと料理をする人間との関係性はとても重要なんです。こちらも分からないことだらけですし、農家さんも自分たちが作った野菜がどうやって調理されているのか全然知らないと思うんですよね。うちの場合は農家である井伊さんが奥様と一緒に食べにきてくれて、自分たちが作った野菜がどう調理されているのかを見てくれているんです。そういう関係性が取れているのはとても良い状態だと思っています。

女将:逆に農家さんも食べないとダメだと思っています。食べたら「こんなに美味しく出してもらえるならもう少し頑張ろう」と思えるじゃないですか。昔は農家さんも数を出すことが大切だったので難しかったと思いますが、これだけ食が豊かになってきているので、原点に戻って本当の美味しさを追求していくべきだと思いますね。

ー これからもっとそういう繋がりが増えていくといいですよね

上岡:寄居は畑がいっぱいあって野菜もいっぱい採れる地域です。海で考えれば、その日とった魚を出されたら新鮮で凄く嬉しいじゃないですか。それと同じで、井伊さんも朝に収穫したばかりの野菜を卸してくれるんです。それをその日の夜に出せるって、こんな贅沢なこと、他にないと思うんですよ。新鮮、鮮度という言葉で終わってしまうかもしれませんが、採れたてのものを食べられる地域というのはすごく恵まれてると思うんです。

 

ー 採れたての野菜はやっぱり違いますか?

女将:これは全然違いますね。採れたてを食べると植物の持っている力を感じると思いますよ。丸かじりでも十分美味しいですから。だから有機野菜を作っている方々と、お料理でタイアップした企画があってもいいですよね。

上岡:ツアーみたいなのでもいいですよね、自分で収穫した野菜を持ち込んでもらって、寄居町内で遊んでもらっている間に調理をして、夜はその料理を食べることができる。そういうのも面白そうですよね。

 

ー 寄居のように、この距離感で全部ができるというのはなかなかないですよね

女将:そうですね。でも朝採りされた野菜はやっぱり美しいんですよ。美しいかどうかを判断基準にするべきですね、野菜を見る時は。スーパーにあるものは流通の関係で二日三日経っていますが、採れたての野菜は本当に綺麗です。

上岡:採れたては水分をたくさん吸っている状態なので、身がパンパンで膨れているんですよね。張りがあったり、みずみずしさがあるのが新鮮な証拠です。ただ、収穫した瞬間から水はどんどん抜けていってしまうんです。

 

ー そう思うと、恵まれた環境なんですね。

女将:海の魚はいないけれど、恵まれた環境なんですよ。なので、それを活かす方法を・・・・・・考えてください(笑)

 

ー これからの喜楽さんの展望は何かありますか

上岡:何もないと思われがちなんですけど、生きていく上で必要なものは揃っていると思うんです、この町は。野菜だったり自然だったり。料理を通して、この町で自然と一緒に生活ができるということを、多くの人に知ってもらいたいです。

 

ー 今日のインタビューで喜楽さんの熱い想いが伝わってきました。

女将:うちが繁盛するようになれば、八百屋さんも酒屋さんもみんな繁盛することになるので、やっぱりその役目を果たしたいですよね。私たちが儲かれば良いという問題ではなくて、町が健全に動いていくためにはそれが必要だと思っています。

 

ー 野菜や料理、オーガニックについての見方がだいぶ変わりました。

上岡:私も最初、有機野菜やオーガニックについては、安心安全な野菜とか、美味しい野菜というイメージだったんです。でも井伊さん(井伊農場)の活動などを見ていると、環境に配慮した野菜や循環型の農業というのは、根本がやっぱりその土地が好きで、その土地を守っていきたいという思いからなんですよね。それは多分農家さんだけではなく、他の仕事の方も同じで、そこの土地が好きだという気持ちの部分で通づる部分があると思うんです。だからオーガニックに関しても、野菜だけというスポット的なことではなく、広い範囲で考えていきたいですね。

 

ー ありがとうございました。

 

<<編集後記>>
お話しいただいている際のお二人の目を見るだけでも、喜楽が多くの人に愛される理由が分かりました。
穏やかながらも芯の通った真っ直ぐな想いが、優しく美しい料理にも表れています。

日本料理  喜楽 〒369-1203 埼玉県大里郡寄居町寄居 998 TEL 048-581-0200

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